転職を決意
3日間考え続けた僕は、「転職」することを決意した。
やはりこのままでは自分が成長できないと判断した。
上場を本気で目指している人たちと一緒に、新しい道を進もうと決めた。
上司に告げる前に、入社する旨をエクスブリッジ社長宛にメールをし、
名古屋の新しいアパートを探し始めた。
名古屋へ
東京のSIerを辞めるのは一苦労だった。
いろんな人がやってきて僕を引きとめようとした。
話し合いをしようとい言ってきた上司にも「もう決めたことなんで」と、申し訳ないけど一言で断った。
そして2年前、故郷である愛知県へUターンし、名古屋市民となった。
そこから約2年間、エクスブリッジでの仕事が生活のメインとなる。
病に伏す
入社後、まずはPHPでのWeb開発プロジェクトにアサインされた。
PHPは初めてだったし、プログラミングは数年ぶりだったので、最初は戸惑った。
自社のフレームワークを理解し、PHPの仕組みを理解するにつれて、開発スピードは早くなった。
スクリプト言語のスピーディな開発スタイルに魅力を感じた。
jQueryを使ったAJAXのコーディングも身につけた。
全てが新鮮で、仕事にのめり込んでいった。
入社して2ヶ月ほどたったある日、目眩が止まらくなって早退した。
微熱と頭痛が続き、顔が痺れる初めての経験だった。
いくつもの病院で精密検査を受けたけど、どこも異常なしとの診断結果。
自社製品の開発(たしかこのときはSELENE.CoTV)が途中だったけど、
残念ながら第一線から一歩引くことなった。
復活&アクティブに
数ヶ月の間、定時過ぎに帰らせてもらった。
仕事量も減らしてもらった。
数ヶ月後、薬を飲みながらではあるが、残業もできるようになった。
営業同行と新製品の企画、Webサイト&Webシステム開発案件のディレクション、マネージメント、
などなど、精力的に仕事をしていった。
Webという分野に少しずつ足を踏み込んでいけた良い時期だった。
デザイナーとのやりとりも増え、リスティング広告などを新しく初めてみたり、
もっとも刺激の多い充実した日々だった。
そんな時期、リーマン・ショック、トヨタショックがあり、
名古屋は超不景気へとシフトしていった。
得たもの、これから
細かい案件が増え、受託案件もタイトなものが増えていった。
倒産していく会社が増える中、エクスブリッジは体制を縮小して、守りの一年を過ごした。
入社前から不安だった営業戦略は、予想以上に苦戦をしいられていた。
その中で学ぶことも多かった。
マーケティングという要素が絶対に必要だ、と確信した。
そしてアメリカ主導のWeb技術のイノベーションに、日本がついていけていないことに憤りを感じ始めていた。
ベンチャー企業で働くことを通して得たものは多い。
言葉では表しにくい、体感・経験として得たもが多い。
それらは僕の血肉となり、今後も活かし続けていける。
なぜ、僕が退職するのか?
体調が思わしくない、というのは一つの理由。
そしてもうひとつは、これから、を考えての決断。
32歳という年齢を考えて、決めたこと。
詳しくは書けないけれど、前回の転職時の3日間とかいうレベルでは無く、
数ヶ月単位で悩み考えた結果の決断。
これから数十年を見据えた、大きなターニングポイントになる。
デザイン&創造
未来のことは分からない。
今を全力で生きるだけ。
これからの未来を自分でデザインし、自分で創造する。
イノベーションを起こす。
抽象的になるけれど、ようするにそういった決断をした。
エクスブリッジを退職することは、終わりではなく始まり。
このブログはこれで終わり。
またどこかのブログで日々を告白していきます。









