2010年05月28日

名古屋のベンチャー起業に転職 Part2(完結)

転職を決意



3日間考え続けた僕は、「転職」することを決意した。
やはりこのままでは自分が成長できないと判断した。

上場を本気で目指している人たちと一緒に、新しい道を進もうと決めた。

上司に告げる前に、入社する旨をエクスブリッジ社長宛にメールをし、
名古屋の新しいアパートを探し始めた。


名古屋へ



東京のSIerを辞めるのは一苦労だった。
いろんな人がやってきて僕を引きとめようとした。
話し合いをしようとい言ってきた上司にも「もう決めたことなんで」と、申し訳ないけど一言で断った。

そして2年前、故郷である愛知県へUターンし、名古屋市民となった。

そこから約2年間、エクスブリッジでの仕事が生活のメインとなる。

病に伏す



入社後、まずはPHPでのWeb開発プロジェクトにアサインされた。
PHPは初めてだったし、プログラミングは数年ぶりだったので、最初は戸惑った。

自社のフレームワークを理解し、PHPの仕組みを理解するにつれて、開発スピードは早くなった。
スクリプト言語のスピーディな開発スタイルに魅力を感じた。
jQueryを使ったAJAXのコーディングも身につけた。
全てが新鮮で、仕事にのめり込んでいった。

入社して2ヶ月ほどたったある日、目眩が止まらくなって早退した。
微熱と頭痛が続き、顔が痺れる初めての経験だった。
いくつもの病院で精密検査を受けたけど、どこも異常なしとの診断結果。

自社製品の開発(たしかこのときはSELENE.CoTV)が途中だったけど、
残念ながら第一線から一歩引くことなった。

復活&アクティブに



数ヶ月の間、定時過ぎに帰らせてもらった。
仕事量も減らしてもらった。
数ヶ月後、薬を飲みながらではあるが、残業もできるようになった。

営業同行と新製品の企画、Webサイト&Webシステム開発案件のディレクション、マネージメント、
などなど、精力的に仕事をしていった。

Webという分野に少しずつ足を踏み込んでいけた良い時期だった。
デザイナーとのやりとりも増え、リスティング広告などを新しく初めてみたり、
もっとも刺激の多い充実した日々だった。

そんな時期、リーマン・ショック、トヨタショックがあり、
名古屋は超不景気へとシフトしていった。

得たもの、これから



細かい案件が増え、受託案件もタイトなものが増えていった。
倒産していく会社が増える中、エクスブリッジは体制を縮小して、守りの一年を過ごした。

入社前から不安だった営業戦略は、予想以上に苦戦をしいられていた。
その中で学ぶことも多かった。

マーケティングという要素が絶対に必要だ、と確信した。
そしてアメリカ主導のWeb技術のイノベーションに、日本がついていけていないことに憤りを感じ始めていた。

ベンチャー企業で働くことを通して得たものは多い。
言葉では表しにくい、体感・経験として得たもが多い。
それらは僕の血肉となり、今後も活かし続けていける。

なぜ、僕が退職するのか?



体調が思わしくない、というのは一つの理由。
そしてもうひとつは、これから、を考えての決断。

32歳という年齢を考えて、決めたこと。
詳しくは書けないけれど、前回の転職時の3日間とかいうレベルでは無く、
数ヶ月単位で悩み考えた結果の決断。

これから数十年を見据えた、大きなターニングポイントになる。

デザイン&創造



未来のことは分からない。
今を全力で生きるだけ。

これからの未来を自分でデザインし、自分で創造する。
イノベーションを起こす。

抽象的になるけれど、ようするにそういった決断をした。
エクスブリッジを退職することは、終わりではなく始まり。

このブログはこれで終わり。
またどこかのブログで日々を告白していきます。

posted by koba at 10:15 | Comment(4) | TrackBack(0) | 仕事
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